つちねこ@Country Life

 
 

ありがとう どうもありがとう

  1. 18:48:54
ありがとう どうもありがとう
Leica M4-P / DR Summicron 50/2 / Fuji PRO400

今朝、大事な方の訃報が届きました。

つちねこは、両親が共働きで、保育所がサポートしてくれる時期・時間以外も面倒を見てくれる方が必要な環境だったので、生後2ヶ月から、両親が迎えに来れる時間までの間、ある方のお家に預かってもらって育ちました。
ご親切なその方のお家では、当時、上のお兄さんが大学生になったくらいでしたので、年齢的に、つちねこが初孫のような関係で、大事にしていただきました。

そのお家のご主人が、昨日、亡くなりました。

小さいころは、大好きな電車を見に連れて行ってもらいました。
ちょっと大きくなってからは、おじちゃん得意の釣りを教えてもらいました。

小学校に上がるころには、つちねこ家が引っ越したので、つちねこはまた別のお家にお世話になったのですが、それでも、行き来はずーっと続いてました。
つちねこ家は、両親が両方とも地方出身で、近所にも親戚などは無かったため、そのお家に家族ぐるみでお世話になっていました。
実の祖父母とは、わりと疎遠だったので、ある意味、このお家に祖父母のイメージを重ねていました。

その後、大学に進んでからは、つちねこが家を離れたこともあって、つちねこ自身は疎遠になってしまったのですが、帰省したときには伺わせてもらってました。

つちねこが就職したころから、またご心配をかけるようになってしまいました。
つちねこが結婚したときに両親と衝突し、父親が『家の側からは誰も結婚式に行かせない』と言い、招待した方には結婚式が無くなったと連絡されたため、おじちゃん、おばちゃん共に結婚式には呼べませんでした。
その後も、長い間、実家と連絡を絶っていたため、おじちゃん達とも連絡を取れませんでした。

2年後、弟が亡くなりました。
それをきっかけに、つちねこも両親と連絡を取るようにはなりましたが、今度は両親が精神的に磨り減ってしまったため、おじちゃん家と両親が連絡を取れなくなってしまいました。
両親がおじちゃん家を訪ねられないので、つちねこが伺ってお詫びをしたりしていたのですが、結局、そのまま弟のお参りもしていただけないまま、おじちゃんが亡くなってしまいました。

小さいころからお世話になっていたおじちゃんに、最後まで心配をかけ通しでした。
浪人したとき、就職がダメで大学院に進学したとき、地方に期限付き職員で就職することになったとき、結婚式の不手際でかけた迷惑をお詫びしたとき、弟が亡くなったとき。
『つちねこが、もっと上手に事を進めていれば』という後悔が、たくさん、たくさん、あります。

でも、いつも、
『大丈夫、○○ちゃん(つちねこ)なら大丈夫だよ』
って、元気付けてもらいました。

今の職場に就職したばかりと言うこともあって、立場的に、お葬式には出席できなさそうです。
もっと前から、ちゃんと安定して生活できてれば、最後のお別れくらい出来たのに…、という後悔が残ります。

でも、今でも、つちねこのことを信じてもらえてたんだろうなっていう思いはあります。
たぶん、今、会うことが出来ても、『大丈夫だよ』って言ってもらえると思ってます。

つちねこは、両親にも、前の奥さんにも、底のほうでは信じてもらえなかったので…。

だから、今のお仕事の試用期間が終わって、まとまったお休みがもらえたら、お礼を言いに、お参りに行ってこようと思います。

悲しさ、後悔、でも『ありがとう』っていうキモチ。
大丈夫、つちねこは、やって行けると思います。


斉藤和義 おつかれさまの国

ホントは、こういう時の曲ではないと思うんですが。
でも、このフレーズが言いたかったんです。

ありがとう 信じてくれて どうもありがとう

今日は、コメント欄を閉じさせていただきます。

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